今日と明日の交わる一日の終わりに つらつらと書き綴って行きます。 お付き合い下さい。
タイムスリップ
2008-06-27 Fri 03:06
今日は25年ほど前にタイムスリップしてみます。
この駅舎は25年前の当時 国鉄 奥羽本線 板谷駅です。
ネット上を探しまくりようやく見つけた写真です。
思い出深い昔ながらの駅でした。当時はこんな駅がまだまだ残っていた時代でした。

板谷駅1983年9月
中はがらんと広い待合室。
壁には色あせたポスター。
今でも懐かしく思い出します。
この写真は1983年9月の写真のようです。
この写真が撮影された約1年後。8月。高校1年生の夏にこの駅を初めて訪れました。
そのとき、下の地図のように板谷駅から歩いて、栗子スキー場の山を登って行きました。
天体望遠鏡、カメラ、三脚などの機材、テント、シュラフなどの野営機材を持って高校の天文部の皆さん総勢10名ほどで・・・・
駅からスキー場まで約20分。目的の場所(山の上)まで約40分の登り(爆)
自動販売機は国道沿いにありましたが、往復すると約1時間がかかりました。
この日はあいにくの曇天で、結局自動販売機まで3,4往復しました。(先輩のお使い^^;;)


k.jpg
翌朝日が昇り、撤収・・・
ぐったり疲れた体を引きずってたどり着いた駅舎が、この板谷駅でした。待合室の木のベンチで横になり仮眠したの覚えています。
そのせいか、とてもまったりと時間の流れる、落ち着いた駅のイメージだけが残ってしまいました。
その、最大の理由は・・・
翌年この場所を訪れた時、この駅舎は無くなりコンテナハウスのようなものになってしまっていたからかも知れない。

現在では山形新幹線の駅となり、まったく別の雰囲気になってしまっている。

ちょっとした思い出話でした。



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広島城
2008-03-31 Mon 12:31
広島城は毛利輝元により1589年(天正17)築城 され、1931年(昭和6年)に国宝指定されましたが、1945年(昭和20年)8月6日朝、原爆の爆風により石垣だけを残して全壊しました。
当然ですが、樹齢何百年にもなっていたであろう木々も含めて。

現在の城は1958年に再建されたものです。(今年再建50周年記念)
天守閣は元の場所に再建されているようで、城郭の北西の角に位置します。
爆心地は下の写真の正面側(南側)に位置するため、この向きから後ろに向かう爆風が襲いかかったことをうかがい知ることができます。


DSCF1554.jpg

上の写真はお堀の外から天守閣の全景です。
広島空港から広島バスターミナル行きのバスに乗ると、この横を通ります。

原爆ドームからは北に向かって歩いて行ける距離です。

余談ではありますが、天守閣が残っている、(あるいは再建された)城のなかで、実際に行った事のあるのは、会津若松城、松本城、名古屋城、広島城、熊本城です。
姫路城、大阪城、小田原城、岡崎城、掛川城、小牧山城、岐阜城は通りすがりに見かけた、眺めたことがある程度です。


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原爆ドーム
2008-03-29 Sat 20:49
世界遺産に登録後初めての訪問になります。
説明はいらないと思いますが、1945年8月6日このドームのすぐ横にある珍しいT字型をした橋(相生橋)が目標になったといわれています。橋は爆発の衝撃で上下に大きく揺れ、アスファルトを空に舞い上げたが、落橋は免れたそうです。













このドームがこの姿になった3日後に長崎が、9年後にビキニ環礁で第五福竜丸が被爆しました。

何も語りません。
一度訪れてみてください。
何を感じるか。




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出張三昧
2008-01-26 Sat 02:20
毎年のことなのですが、、、、
年明けとともに出張三昧です。
今月、熊本×2回、広島、大阪へ出張し、来週(ぉぃぉぃ)小松、名古屋に出張予定です。
しかも、全部日帰り(爆)
どんだけ始発電車で羽田に行ってるのか・・・そのうちモノレールで寝過ごして折り返しそうで怖いです・・・・
恐ろしいほどのスタートダッシュ状態で、たま〜に事務所に居ると・・・(T_T)事務処理面倒です・・・・



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N700系
2008-01-22 Tue 23:55
今年に入ってから出張が多くちょっとしんどくなってきました。
昨年はJALに乗る機会が多かったのですが、今年はANAに乗る機会が多いような気がします。
そんな中、ちゃんと新幹線にも乗っています。
東海道新幹線のぞみ号 N700系に初乗車しました。
驚くことに書く座席にコンセントが完備されているではありませんか。
PA0_0005.jpg

事前情報だとグリーン席だけだと思っていましたので驚きです。
みんながみんな使っちゃったら、過負荷になったりしないのだろうか???
と心配になってしまいます。


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東海汽船 さるびあ丸
2007-09-06 Thu 00:00
最近何故だかわかりませんが、東海汽船 さるびあ丸 での検索が多くされているようですので、当ブログで小出しにしてきていたさるびあ丸情報を一挙掲載してみます。
まずは全景です。
全長:120.54m 全幅:15.2m 総トン数:4,965トン
機関出力 11,200馬力 最大速度:20ノット(時速換算 約37km/h)
主に八丈島航路に使用されています。東京(竹芝桟橋)−三宅島−御蔵島−八丈島を運行。
八丈島行きは22:30に竹芝を出航し、三宅島5:00着、御蔵島6:05着、八丈島9:30着
東京行きは10:10に八丈島を出航し、御蔵島13:20着、三宅島14:20着、竹芝21:00着で、1日1往復の運行をしている。
定期航空便が休止状態の三宅島へ行くには、実質この船で行くしか手段がありません。(八丈島まで行き、ヘリで渡る方法も一応ありますが・・)
9月30日までは、東京湾納涼船として使用されているため、東京−八丈島航路は一回り小型の『かめりや丸』にて運行しています。
DSCF0056.jpg

こちらは三宅島 三池港に接岸中のさるびあ丸です。
PA0_0001.jpg

さるびあ丸 特二等船室の様子です。寝台列車を思わせるような作りになっています。下段側の方が人気が高いようです。(利用してみて、個人的にもそう思います。特に夜行便(往路))個別の照明と、コンセントの口が1個用意されています。
PA0_0000.jpg

Cデッキのロビーです。中は意外と広く感じます。A,B,C,D,Eと五層構造になっていて、外観写真の一番下のデッキ(上から3番目)になります。
070212_2222~01.jpg

Cデッキの甲板です。干潮・満潮の関係もあるのでしょうが、ボクが乗船したときはすべて、ココから乗り込みました。
070212_2221~01.jpg

ラウンジの写真の写真です。意外と豪華作りになっています。Cデッキ最後尾に位置します。


また、全景写真で見ても判ると思いますが、A,Bデッキの後方はオープンテラスになっていて(Cデッキ後方はウインチなど機械エリアになっています。)、椅子とテーブルが用意されているので、潮風に吹かれながらビールを一杯・・・・たまりません。。。




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なまはげ
2007-05-27 Sun 00:00
DSCF02592.jpg
先日出張で秋田に行ってきました。
なまはげのお出迎え(^^;;;
はっきり言って怖いです。我が家の娘さんたちが見ると・・・・
泣き叫ぶでしょう。きっと。。。



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飯盛山【会津若松】
2007-05-08 Tue 00:00
ゴールデンウィーク後半戦では、会津若松の飯盛山に行ってきました。下の写真は会津若松駅方面から見た山の全体になります。
さほど大きくない小高い丘のような山です。
DSCF0160.jpg
ここには戊辰戦争にて戦死、自刃した白虎隊士が奉られています。
当時の会津藩主松平容保が、整備した軍隊で、玄武、青龍、朱雀、白虎の名をとって、年齢別に分かれた部隊編成になっています。
その中の、最も若い部隊である白虎隊は当初控えの部隊でしたが、新政府軍(西軍)が十六橋を突破し、会津になだれ込んできたため初陣し、敗走。ちりじりにはぐれてしまいましたが、篠田儀三郎を含む20名が隧道をとおりこの飯盛山へたどり着いて、城の状況を確認した。
そして、このように遠くの方に見える鶴ヶ城。下は中央部拡大。
DSCF0159.jpg
DSCF01592.jpg
疲労も手伝ったせいか、手前の町が炎上しているのを目にした隊士達は城が炎上していると見間違えてしまい、武士らしくと自刃。
ところが、1人だけ蘇生したため、飯盛山で自刃した白虎隊士19名の真相が明らかになったのだという。そのとき一命を取り留めた飯沼貞吉は晩年までその口を開かなかったという。そして、彼の墓は下の、自刃した19名の墓石の広場の反対側に奉られています。
DSCF0158.jpg
この戦争の後新政府が発足しましたが、その時の新政府軍(西軍)を構成していた薩長土肥が、今でも力を持っていると思われるのは気のせいでは無いような気がします。



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東海汽船【さるびあ丸】
2007-04-26 Thu 23:55
DSCF0071.jpg

これは、東海汽船【さるびあ丸】の食堂です。
またまた三宅島に行ってきました。
この日はちょっと波が高く、ここでしばらく飲んでいたのですが、酒に酔ったのか船に酔ったのかわからない微妙な気分になりました。
意外と乗り物には強いのですが、なかなか・・・・
過去に酔ったことがある乗り物は船で、2回だけです。
1回目は、学生時代に選択体育でヨットに乗った時。
デッキに居るうちは良かったのですが、キャビンで海図を見ていると10分でKO(^^;;
2度目は出張で、某人工島に行くために、チャーターした漁船に乗った時。結構波が高かったのですが、正面に新聞を読んでいるつわものが居たので、その見出しを目で追いかけていたら・・・・5分でKO・・・・乗船時間の30分が異様に長く感じました。
その後船には結構乗っているのですが、平気です。
思い返すといろいろな船に乗っています。
・東京湾横断フェリー(金谷−久里浜)
・お約束隅田川ライン(日の出桟橋−浅草)
・東海汽船初代さるびあ丸(八丈島−竹芝)
・東海汽船かめりあ丸(竹芝−式根島)
・東海汽船セブンアイランド(竹芝−大島)
・東日本フェリー(稚内−利尻)
・高速船トッピー(鹿児島−種子島)
ほとんど出張でしたけど・・・・



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東海汽船【さるびあ丸】
2007-03-16 Fri 00:00
東海汽船が誇る客船【さるびあ丸】です。十数年前に乗ったことのあるさるびあ丸の後継船のようで、仕様が若干異なっています。
十数年前に乗った時は、八丈島から乗りました。
さるびあ丸航路は 東京(竹芝桟橋)−三宅島−御蔵島−八丈島です。下の写真は三宅島三池港に接岸中の様子です。
これに乗って竹芝を目指します。14:30出帆して、20:30(定刻)竹芝着です。
DSCF0056.jpg
途中日没を迎えました。風邪気味だったため、酒飲んで横になるり、気がつくと辺りは夜のとばりに包まれていました。正面の明かりは磯子、根岸あたりの工業地帯の明かりだと思います。
DSCF0068.jpg
寒くなり一度船室へ戻り横になると、、、、すでにレインボーブリッジが目の前に見えてきました。出張ですが、船旅はのんびりしていてかつ、逃げ場が無くて好きです。飛行機で日帰りするよりも人間的というかなんと言うか・・・
DSCF0075.jpg
もっともこの後会社に戻りましたけど・・・(爆)
竹芝桟橋から近いので・・・・(^^;;;


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