>
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
白河天体観測所が閉所していた
2017-02-12 Sun 13:51
白河天体観測所 天文犬チロ が所長を務めていた観測所が閉所した
との記事をいまさら見つけました。
吾妻山浄土平にて「星空への招待」を開催するなどさまざまな活動をされ
ていたところだったのに。
震災や原発事故の影響もあるようですが、関係者のみなさんの高齢化も
あるようです。

懐かしさにごそごそしてみると最終回となった【第10回星空への招待(1984年)】
の参加証やらステッカーが出てきました。
DSC_0033.jpgDSC_0034.jpg
そして。当時の星の手帳の特集記事も
DSC_0040.jpg

DSC_0039.jpg
この集合写真、当時高校1年の自分も写ってますが。。。。
全体的に時代を感じる雰囲気です。

この時司会をされていた福島の大野さんなどは少々親交が有りましたが、当時の
彼の年齢をはるかに超えた自分に戸惑いを隠せません。

このとき高校1年生。色々な将来を考えていました。
科学博物館の村山先生や、当時の仙台天文台長のなど本業の方々ともお話をすること
ができ、いわゆる天文学者は望遠鏡で星を見ることは少なく、ほぼ毎日データを見て
いるとおっしゃっていたのを今でも鮮烈に覚えています。

星空への招待はこの年終了してしまいましたが、翌年1985年~1986年はハレー彗星イヤー
だったため、84cm望遠鏡(写真中央)を牽引して全国行脚をしていました。
そして、翌年再びここ浄土平(正確には浄土平の少々上の兎平駐車場)へ戻って来ました。
DSC_0036.jpg

ベースの絵は第10回と同じですがアレンジされています。
この日、初秋の1500m級の山に高校の修学旅行から学生服のまま直行して、
少々人目を引いていました。
昭和終盤のあの日からすでに30年以上たっているのだなぁとしみじみ思い出して
います。
スポンサーサイト

別窓 | 宇 宙 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
北大東島
2016-12-03 Sat 09:35
沖縄県の北大東島に行ってきました。
位置関係は下の地図のように沖縄の諸島の列から外れた位置にあります。
位置図

今回は空路で行きました。
那覇空港から離島便へ乗継です。
RAC:琉球エアコミュータで、この日は南大東島経由となるので、一度降ります。
s-DSC_0100.jpg

南と北だと、島の規模は南のほうが大きく、住民の数も多いようです。
空港の待合室にあったスタンプです。
ダイトウオオコウモリが描かれていますが、顔が、近年有名になった、残念なイエス画に似ているように感じられます。
s-DSC_0101.jpg

南大東⇔北大東間の飛行機に乗っていた時間は15分ほど
あっという間です。

s-DSC_0102.jpg

空港前にある総合案内板です。
若干の高低差がありますが、基本的には平らな島なので、ちょっとした高台に上ると周りを見渡すことができます。
s-DSC_0108.jpg

この島は火山が隆起して南の方からやってきたとのことです。
北大東村のホームページはこちら

s-DSC_0104.jpg

3つある港のうち江崎港へ行ってみました。
日は落ちてしまいましたが、天気がよかったため、絶景です。
s-DSC_0109.jpg
s-DSC_0110.jpg
s-DSC_0111.jpg

岸壁から見下ろすと海の底が見えます。
島の中央部の丘の上には灯台があります。
s-DSC_0115.jpg

スマホでチャレンジしてみました。
オリオン座。次回はちゃんとしたカメラを持ってゆこうと思わされるほどの
満点の星空でした。
s-DSC_0116.jpg

翌日
イメージどおりのサトウキビ畑です。
2m以上の背丈があるので、近づくと圧巻です。
s-DSC_0134.jpg
s-DSC_0135.jpg

驚いたのは、サトウキビだけではなく、ジャガイモもたくさんとれるとのことで、ジャガイモ焼酎など売られていました。

別窓 | 旅(出張?) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
富士山眺望最遠記録?
2015-12-13 Sun 12:39

久しぶりに飛行機の窓際の席に乗りました。
天気も良く遠くまで見とおせます。

まずは東京上空からの富士山。右の翼の下にはスカイツリーが見えます。


少し進み、スカイツリーが左の方へ、、、
DSC_0592.jpg

建物が少なくなりました。
画面中央には埼玉スタジアム2002
相変わらず富士山が見えます。
DSC_0593.jpg

利根川上空までやってきました。
DSC_0594.jpg

中禅寺湖と手前に流れる鬼怒川
DSC_0596.jpg

猪苗代湖上空。
会津盆地は雲にすっぽり覆われています。
DSC_0600.jpg

眼下には磐梯山が見えます。右には桧原湖が広がります。
DSC_0601.jpg

ココまで来たところで機体は西方向に旋回をしました。
そこで、驚きの写真。
肉眼で確認して、あわてて撮ったのですが、
磐梯山上空、猪苗代湖のはるかかなたにまさかの富士山。
秋晴れも手伝って見ることが出来たのでしょう。
DSC_0602.jpg

別窓 | 旅(出張?) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
会津 大内宿
2015-08-31 Mon 00:40
奥会津の大内宿へ行ってきました。
DSC_0419.jpg

DSC05610.jpg

DSC_0426.jpg
蕎麦を食べます。
マスコミでこすられまくってますが、ネギ1本で食べます。

DSC_0425.jpg

箸はおいてあるのですが、せっかくなのでネギ一本でいってみます。
意外と食べることができました。
スプーンやフォークで食べるような感じです。

店の中を見回すとイワナの串焼きが・・・・
DSC_0421.jpg
DSC_0423.jpg

この宿場、初めてでしたが、古い建物が保存されている、お土産ストリートの
イメージで、ここを目標に訪れると少々拍子抜けするかもしれません。

会津若松を抜けて、古戦場跡へ
戸ノ口原古戦場。
会津戦争の時、薩長連合軍が二本松を制圧したことを知った会津軍は
十六橋を落とすことで、足止めをしようとしたが、思いのほか橋が丈夫で
橋を破壊する前に制圧されてしまいました。

その結果、白虎隊が出陣し戦闘になりました。
戦闘の結果敗走する白虎隊士中二番隊副隊長の
篠田儀三郎を含む20名が飯盛山に到着し、城が
落ちたと勘違いし自刃しました。
DSC05613.jpg
DSC05612.jpg
DSC05614.jpg

日本の長い歴史の中でいくつかのクーデターが起こっていますが、
個人的には成功したクーデタは過去に2回あり、1度目は乙巳の変。
当時権力を握っていた蘇我氏を藤原氏が滅ぼして権力を奪った、
いわゆる大化の改新というやつです。
もう1回は薩長が明治天皇を担ぎ出して、徳川家から権力を奪った、
いわゆる明治維新です。
明治以降薩長メンバーによって要職が占められていることから、
徳川家に対して起こしたクーデターと考えています。

脱線しましたが、徳川将軍から京都守護職に任命された会津藩主
松平容保が京都の町で好き放題していた長州藩を占めだすことで
恨みを買ったといわれていますが、会津藩は主君徳川家につくこと
で、クーデターの標的になってしまった。その結果が上の犠牲者たち
となります。

別窓 | 旅(出張?) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
2015-08-30 Sun 21:44
2011年3月11日以降初めて福島県浜通り地方を訪れました。

国道6号線を北上し、北茨城からいわき市勿来へ。
天気はあまりよくない日でしたが、海開きされていて海水浴客も見えます。
あぁ。昔のままだぁと思いながら小名浜港へ。
津波の被害にあったアクアマリンふくしまも営業を再開しつつ、その奥に
離れ港を建設中で、そのための橋が建造中でした。


ここの水族館横のららみゅうという海産物の販売所にて串焼きを少々。
ホタテ貝柱焼き。とてもおいしくいただきました。
DSC_0395.jpg

串焼きを食べながら周りを見渡すと、めざしが干してありました。
一般的にめざしはカタクチイワシカタクチイワシが多いのですが、これは
メヒカリでした。
DSC_0396.jpg

DSC_0398.jpg

続きましては、小名浜三崎公園の潮見台へ行ってみます。
昔ながらの風景が広がっていました。
ここは崖の上の展望台から、海上にせり出しています。
DSC_0403.jpg

先っぽまで行って下を見ると・・・・(笑)
崖の上です。
DSC_0400.jpg

この後。海沿いに北上しました。若干景色が変わっていますが、さほどでもない。
塩野崎灯台の下まで来ましたが、余り被害状況はわからい程度でした。
しかし、この後の衝撃・・・
塩野崎灯台の北側の薄磯海水浴場・・・・消滅していました。
正確には護岸工事のために海を見ることができませんでした。
また、海水浴に来た際、駐車場として利用させていただいていた
豊間中学校がなくなっていました。
(後で調べたところ、1階部分が被災して取り壊されたとのこと)

今回の計画ではこの薄磯海岸で入水しないにしても、波際で水遊びと
考えていましたが、、、、この後しばらく護岸工事が続いていて海辺へ
降りることができずに四ツ倉で6号線に合流。そのまま北上します。

考えて、波立海岸によろう。とプラン変更。
トンネルを抜けて波立薬師に車を止めて、海を見ると、
DSC_0406.jpg

おお、島に渡れそうだ!!
近づくと、、、、ダメでした。
DSC_0408.jpg

この後禁断のエリアへ向かいます。

国道6号線が全線開通したとの情報は知っていましたが、
とおる車は次第に減ってきて、Jヴィレッジを過ぎると走る車は
ほぼなく、帰宅困難エリアに入ると、いきなり周りの雰囲気が
変わります。荒れはてた感じで、いまだに倒壊した建物がそのまま
の姿でたたずんでおり、要所要所に警官が配置され、
ゲートが横道をふさぎます。
大熊町に入ります。
昔は『東京電力福島第一原子力発電所』的な標識が有ったの
ですが、今は無く、ただ、先に見た横道のゲートが無い道。
あぁ、ここだ。思い出しました。ここから福島第1原発までは
3.4km。震災以降最も近づきました。

別窓 | 日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 今日と明日の交じる場所 | NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。